後悔先に立たず・・・・
久しく更新が滞っておりましたが、実は、
1月26日に 母が逝去してしまいました。
それで、この1週間は、ジェットコースターのような日々が繰り広げられていました。ようやく昨晩遅くに東京に戻り、少しだけ一息つけた感じです。
先週日曜日に一旦再度小康状態になったので、東京に戻ったのですが、翌朝から少し状況悪化し、夜にはまた危なくなり、”今回はホントにヤバイか!?”っていうことで、23時ごろ、急いで再度実家に戻りました。
しかし、当初から医者が言っていた、とある数値があるラインを下回ると一気に逝くかも、という予測通り(これまで全て外れていたのですが)、日付変わった26日0時20分に永眠しました。享年69歳でした。3月生まれだったので、あと1カ月ちょっとで古希を迎えられるところでした。
つまり、0時20分ということは、私は間に合いませんでした。訃報が届いたのは、ちょうど静岡の由比SA付近だったと思います。その後の200km近くは、放心状態でただ猛然とすっ飛ばしていたような気がします。到着した時は、まだ少しだけ温かさが残っていました。判断が難しかったとはいえ、また、東京に出てきた時から死に目には会えないと覚悟していたとはいえ、やっぱり残念でしたね。
そこから27日通夜、28日告別式という段取りで、正直、寝ている暇も、悲しんでいる暇もないような時が過ぎていきました。最後まで母と2人きりになれる時間がなかったくらいです。
でも、さすがに告別式最後の御棺を閉める際には、人目憚らず号泣してしまいました。そこまでかなり我慢していたんですけどね・・・・・自然と崩れていく自分を初めて見ました。
250名くらい弔問いただき、また、多くの私のお取引先様、お客様より供花・弔電をいただき、本当にありがとうございました。この場をかりて御礼申し上げます。多くの人たち、たくさんの花に囲まれて行けたことは、きっと母も喜んでいると思います。
一連の儀式は終了したといえ、ここ数カ月続いた危篤状態の緊張感は、まだ抜けません。なんだか正直、実感がないような気がします。
仕事を頑張って、そして多少落ち着けば、まとめて親孝行しようと思っていたのですが、この10年は母も体調が悪く、不自由な生活だったので、ほとんど何もしてあげられることなく、終わってしまいました。それだけが、とても心残りで、自分を責めても責めても、もうどうにもならない後悔です。
最後に「ありがとう」と言いたかったのですが・・・、
「ごめんなさい」しか、言葉が浮かびませんでした。
皆さんは、できるうちに親孝行はしたほうがいいと思います。
こういう後悔は、ほんとうに先に立たず、というものと感じます。
これから先、天国の母が悲しむことない人生を築いていきたいと思います。
















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